床についてから

🌕

 

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12月の末から熱と頭痛が続いていて、それが2週以上治らなかったため、病院をハシゴして検査をしたもののいまだ原因は分からず、今もなお謎の不調に悩んでいる。そのせいで、精神面に問題があるのではないか、とかこのまま治らなかったらどうしようとか、余計に身体を蝕みそうな問題を内側に抱えながら闘っている。


これまでの人生でここまで長期に不調に悩まされることはなかった。自分の身体は素直なため、何か異変があればすぐに体温を上げ、3日間以上持ち越したことがない。また病院を何件も渡り歩き、検査をして、ことごとく異常がみられないのも自身の不安を加速させていく。精神的なものが原因だとすれば、この原因不明の不調がまた心を疲弊させ、負のスパイラルになっている。


ここ半年間の生活で何か心身ともに落ち込んだことは特に思い当たらないし、最近あった苦しいことといえば11月に歯痛で何もできなかったことくらいだ。だから心疾患的なものではない、、、とそう思いたがっているのも事実。その思い込み自体が自分を追い込んでいるのだとしたら否定できなくもない。


 


このあいだ脳外科に行く前日のこと。前の記事に書いた、道端で死んだカラスのことを思い出した。脳ということもあり、過剰にナーバスになっていたのだと思う。

 

「自分がもうすぐ死ぬものだとして、悲しんでくれる人はいるのかな。泣いてくれる人は、1週間くらい引きずってくれるかな。会いたい人に、、、」

 


あの死んだカラスはもう俺ひとりしか憶えていないのだ。だとしたら結構幸せ者なのかもしれない。「俺」は傲慢だから、そう思っている。でも人間だいたいそんなものだと思う。

 


「会いたい人」というか、もう会うことのない人のことを考えて泣いてしまうことが多くなった。

 

人となりが変わってしまって、もう会わなくていい人も増えた。きっと直近の5年間でも9割近くはもう会わないのだろう。分かり合えないことはとても冷たく、悲しいことだと思う。けど、それ以上に悲観すべきなのは、分かり合うことを放棄し始めた自分だと思う。もう誰のことも「理解」したいと思わなくなってしまった。


街中でいちゃつくバカップルも、教室の隅で原神をする陰キャも、インスタとかBeRealに取り憑かれている自己陶酔達も、学食で群がる有象無象も、寂しさを紛らす穴モテJDも、粗品ぶってる被保険者大学生も、港区界隈も、整形垢も、筋トレが正義だと思ってる脳チンコトレーニーも、理想の自分を守るために他人と比較するやつも、小さいころ好きだった人も、そいつの彼氏も、全員くだらない、本当にくだらない。


自分を認識してくれないことに苛立ち、攻撃性だけがだんだんと研ぎ澄まされていく。本当は分かっている。自分がくだらないと思っている人たちにも考えていることがあって、自分を確立させるために苦悩奔走し、それでも他人と共生しようとしていることを。やり方がどんなにチープでも、それを本気でバカにする人にはなりたくなかった。

 


「俺」という人間は、両親から愛され、友達からも慕われ、劣等感も苦労も強く感じたことがないし、かなり才能に恵まれていると強く思う。

 

だからこそ誰よりも弱く、脆いと本気でそう思う。

 

プライドだけは一丁前なくせに、小さなことですぐ悩む。自分を内面で誇示したがるせいで、なにもない空間から「仮想敵」をつくり永遠に攻撃態勢になっている。

 


床に就いてから永遠に旅行をする。あてのないことを


 

人と接することが大好きな自分と段々と性格が歪んでしまった自分を理解し始めたころから「やさしさ」と「犠牲」を重ねてしまうことがよくある。そこから、性格の悪い自分を「自分の属する社会」から孤立させることが「自己犠牲」とも「やさしさ」ともとれて、自ら進んで一人であろうとしていたと思う。


その無意味なやさしさについてをひとりで煮詰めていると、傷ついた分だけやさしくなれるということよりも、どこまでも独りよがりな自分の存在に気付いた。自ら望んだ「やさしさ」の孤独を誰も見てくれないという、矛盾を孕んだ承認欲求をどこにぶつければいいか分からなくなっていた。


結局、自分のためにしか涙は流せないのだと思った。人のためだと思っても、それは自分を守るための手段に過ぎない。


不調が続き、精神が不安定になって、返信もおぼつかなくなってきた。不安を吐露することで心が少しでも軽くなるのなら、この日記も何か意味があるのかもしれない。

 

はじめは、自分以外の人が何気ない日常を送っていることが虚しかったけど、俺も健康に、幸せになるべきだし、みんなも幸せであってほしい。くだらないと思っていたやつらも、子供のころ好きだった人も、これから二度と会うことのない人もこの日記を読んでほしい。

 

俺は本当にあなたに幸せになってほしいと思っているよ。

 

 

でもこれを読むならもうちょっと気前のいい、カッコつけたこと書くべきだったかも。

 

どこかの町のどこかの窓で、きっとあの人も、それから昔仲がよかったあの人も、同じような少し気だるい時間を夜に向かって急いでいる。みんな幸せにしているといいな、そう思うだけで、なにかが心の中にぽつりとたまる感じがする。透明でデリケートなもの。

.よしもとばなな 「どんぐり姉妹」

 


おわり